母の更年期障害の症状とその3つの原因 K.M.さん

更年期障害に苦しんだ母のことを娘の私がまとめた話です。今思えば、更年期障害になった母の要件は3つの原因がありました。

まず1つ目は私が中学2年生のとき、末期の乳がんで入院していた母方の祖母が亡くなり、その三ヶ月後に祖母とは別居していた祖父が自宅で倒れて亡くなったことです。膵臓癌でした。相次いで両親を亡くし、二人姉妹の長女である母は相当疲労困憊していました。その頃から暑くもないのに暑い暑いと言ったり、血圧も高めでした。

そして2つ目は嫁いだときから受けてきた、父方の祖母の陰湿なイジメ。父は個人事業主の祖父を継いでいたので、会社の会計事務などを母はしていたのです。

そんな中で3つ目の要因は父です。父は会社経営が好きで、そのとき行っていた事業のほかに、コンビニ経営をしたいと言い出しました。現状でも大変なのに…。母を筆頭に家族が反対しましたがそれを押し切り、父はコンビニ経営を始めました。


母の様子がおかしくなりだして

私は高校に入学したのでコンビニ経営をアルバイトとして手伝っていました。母の様子がおかしくなったのはちょうどその頃からです。

最初は私を無視することから始まりました。何に対して母が怒っているのかわからず、いつも母の顔色ばかり気にするようになりました。

私が話しかけても無視。ゴハンは用意されているけれど、準備ができても呼ばれるのは妹だけで私は呼ばれない。

そんな日々が2年ほど続きました。そして家に帰ると時々、暗いままのキッチンでヒステリックに陥った母がお皿をバンバンと床に叩きつけて割っていることもありました。母は聞く耳持たずで、私は泣きました。

そんな生活だったので、だんだん近くにいた妹もおかしいとおもったのか「お母さん、どうしてお姉ちゃんのこと無視するの?」そんな声がリビングから聞こえてきました。母は「あの子は私に似てるから腹がたつ。なんでも丸く収めようとして、すぐに謝ってくる。何が悪いかもわかってないのに…」そんな風に応えていました。とてもショックでした。

数年後、母は被害妄想を抱きだして

そんな母とのいさかいも、コンビニ経営が落ち着いてきたことで治まってきて、私と母は以前のように戻りました。

しかし、もう終わったと思っていたものはまだまだ序章に過ぎなかったのです。コンビニのアルバイトやパートさんと父のやりとりが、女と男のやりとりになってるのではないかと言い出したことを発端に母はまたおかしくなりました。完全な被害妄想です。

そんな母は特定の従業員には優しく、他の従業員には狂ったように叱りつけたりするようになったのです。誰が見てもあからさまでした。「それじゃ個人の感情移入しすぎて、オーナーとして良くないよ」と父とも喧嘩の絶えない毎日でした。

母の態度のせいでアルバイトを辞める人が出てしまうこともあり悪循環でした。それも近所に広まり、母は外出するのが怖くなりました。

日に日に暗くなっていく母の表情が忘れられません。もうそのときには躁鬱のひどい状態でした。

母の愛犬の死で

愛犬の死をきっかけにさらに暗くなった母は、昼間なのにカーテンを閉めボールペンでまるで自傷行為をするようなことをしたりしました。

見兼ねた私は精神科病院に連れて行きました。当初本人はもちろん、父も現実を受け入れられずなかなか病院に行けませんでしたが、家族みんなで母を助けてあげなければなりませんでした。

きっとこれが更年期障害の一部なのでしょう。今も闘病中ですがなんとか精神状態は安定しています。

以前よりも父が母を気にかけてくれるようになり、夫婦仲も良くなった気がします。そんな母の娘である私は不安神経症で仕事ができなくなり、同じく闘病中。更年期障害はひどいと、こんな結末にもなってしまうのです。

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